現場のリアルな声を取材すると、線形代数の参考書に対する評価は「現役学部生」と「社会人エンジニア」で真っ二つに分かれます。両者が抱えている課題の質が根本から異なっているためです。
理系大学の工学部2年生に話を聞くと、切実な現場が見えてきます。「講義の板書は定理と証明ばかりで、定期試験で実際に出題される4次正方行列の逆行列計算や対角化の手順が身につかなかった。結局、試験2週間前に友人に勧められてマセマと三宅敏恒の演習書を買い、過去問と照らし合わせながらパターンを叩き込んでギリギリで単位を拾った」(私立理工学部生の手記)。現役生にとっての最優先事項は「限られた試験時間内に正確な解を導き出す計算アルゴリズムの定着」であり、抽象的な公理の探求は二の次になりがちです。
一方で、実務で機械学習や3Dグラフィックスを扱う社会人エンジニアの評価は全く逆です。「大学時代は試験のために手計算を暗記しただけだったので、PCA(主成分分析)や特異値分解(SVD)をコードに落とし込む段になって、なぜ共分散行列の固有値がデータの分散の大きさを表すのかが直観的に理解できなかった。その霧を晴らしてくれたのが『プログラミングのための線形代数』とストラング教授のテキストだった」(大手IT企業・AIエンジニアの証言)。
社会人にとっての価値は、電卓やライブラリ(PythonのNumPyなど)が瞬時に終わらせてくれる「手計算の速度」ではなく、「高次元データを別の空間に射影したときに何が起きているか」という空間的・幾何学的な直観力にあります。目的が「単位」か「実装」かによって、名著の定義は180度反転するのです。