この独特な食文化が定着した真相には、主に2つの歴史的要因が存在します。1つ目は、老舗ラーメン店の多くが戦後の混乱期に「甘味処」や「大衆食堂」として創業したという出自です。昭和20年代から30年代にかけて、砂糖が貴重だった時代に甘いおやつを提供していた店が、時代の移り変わりとともに当時台頭してきた豚骨ラーメンを主力メニューへと進化させました。その際、名物だったぼたもちの提供を継続したことで、現在のスタイルが確立されたのです。
2つ目は、久留米市が世界的なゴム産業の企業城下町として発展した背景です。株式会社ブリヂストンをはじめとする工場で働く屈強な肉体労働者たちは、激しい勤務による疲労を癒やすため、短時間でガツンと塩分を補給できる濃厚な豚骨ラーメンと、素早く血糖値を上げてくれる高カロリーな甘味を強く求めていました。一杯のラーメンでお腹を満たし、仕上げにぼたもちを頬張るスタイルは、昭和の産業戦士たちの胃袋を支える最高の活力源だったのです。