今日でこそJ-POP史に刻まれる金字塔として認知されている本作ですが、そのスタートは極めて小規模なインディーズ発のムーブメントでした。1996年に大阪で結成されたEGO-WRAPPIN'(中野良恵・森雅樹)は、関西のクラブやライブハウスを中心に地道な活動を展開していました。
転機となったのは、2000年9月2日にRD Recordsからリリースされたミニアルバム『色彩のブルース』です。当初は限定生産に近い形での流通でしたが、タワーレコードやHMVといった外資系CDショップのバイヤーがいち早くその規格外のクオリティに反応。試聴機への導入をきっかけに都市部から口コミが急速に拡散しました。
全国のFMラジオ局でのヘビーローテーションが後押しとなり、インディーズ盤でありながらオリコンのインディーズチャートで異例の連続1位を獲得。問い合わせが殺到した結果、2001年11月28日にマキシシングルとしてメジャーレーベルから再発売されるという、当時の音楽業界でも極めて珍しい「チャート逆走劇」を成し遂げました。タイアップありきの商業音楽全盛期において、純粋な音楽の力だけで大衆の耳を奪った象徴的な出来事です。