なぜ日本の折り紙は、ローカルな伝統遊芸にとどまらず、世界中で「ORIGAMI」という共通言語として認知されるに至ったのでしょうか。その背景には、教育システムへの組み込みと、1人の天才作家による革命的な国際化がありました。
明治期、日本政府は幼児教育の導入に際し、ドイツの教育学者フリードリヒ・フレーベルが提唱した「恩物(おんぶつ)」と呼ばれる教材を採用しました。フレーベルの教育体系にも紙折りが含まれていたため、日本の伝統的な折り紙と西洋の教育手法が融合し、正方形の洋紙を使った教材として全国の学校教育に組み込まれたのです。
そして20世紀半ば、折り紙を芸術の域へと昇華させ世界に知らしめたのが、「創作折り紙の父」と称される吉澤章(よしざわ あきら)氏です。吉澤氏は生涯で数万点に及ぶオリジナリティ豊かな立体作品を生み出し、1955年にはオランダ・アムステルダムのアムステルダム市立美術館で個展を開催して欧米に衝撃を与えました。
さらに吉澤氏の最大の功績は、谷折り・山折り・矢印などを用いた折り図の国際標準記号(吉澤・ランドレット・システム)の基礎を確立したことです。言葉の壁を越えて誰でも同じ作品を再現できる共通フォーマットができたことで、世界中の愛好家コミュニティが一気に拡大しました。その後、1973年に発足した日本折紙協会などを中心に普及活動が続けられ、国際的な文化基盤が完成しました。