現在、ネット上の一部コミュニティでは「凪はピークを過ぎた」「作者に見捨てられたのではないか」といった極端な言説が散見されます。しかし、物語構造と演出の力学を精緻に読み解けば、この仮説は明確に否定されます。
『ブルーロック』という作品の根底にあるテーマは、「絶望を経験した者だけが真の覚醒を果たす」という逆説の哲学です。潔世一も、蜂楽廻も、千切豹馬も、全員が一度自らのアイデンティティを粉砕され、ドン底の絶望を味わった後に新たな武器を開花させてきました。
これまで一度も「真の挫折」を経験してこなかった凪誠士郎に、金城宗幸・ノ村優介両氏が用意した最大の試練こそが、この長期にわたるスランプです。スピンオフ映画の看板を背負い、単独作品の主人公として描かれたキャラクターを、何の救済もなく脱落させることはストーリーテリングの文脈上あり得ません。現在の低迷は、次なる「未曾有の大覚醒」に向けた必然的なタメ(準備期間)であると捉えるのが極めて自然です。