『また逢う日まで』が世に出るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。このメロディの原型は、もともと1969年に三洋電機のエアコン用CMソング「白いパラソル」として筒美京平が書き下ろした短いフレーズに端を発します。この親しみやすくも洗練された旋律に目をつけたスタッフが、フルコーラスの楽曲として発展させることを企画しました。
1970年2月、阿久悠が歌詞を手掛け、ロックバンド「ズー・ニー・ヴー(歌:町田義人)」のシングルとして発売されたのが原曲『ひとりの悲しみ』です。しかし、重く内省的な失恋を描いた同曲は商業的な成功を収めることができず、チャートの片隅に埋もれる結果となりました。
それでも、メロディの持つ並外れたポテンシャルを信じて疑わなかった筒美京平と制作陣は、再起のチャンスを模索します。そこで白羽の矢が立ったのが、コーラスグループ「ザ・ワンダース」を経てソロデビューを果たしたばかりの実力派シンガー、尾崎紀世彦でした。
阿久悠は尾崎のダイナミックな歌声と日本人離れしたスケール感に合わせ、歌詞を全面的に書き直す決断を下します。重苦しい孤独の独白だった世界観を、颯爽と前を向く大人のドラマへと昇華させ、1971年3月5日に尾崎紀世彦のソロ2枚目シングルとしてリリースされた『また逢う日まで』は、瞬く間に日本中を席巻する大ヒットを記録しました。