カンプノウの奇跡とは?バルサ対Psgと1999年マンU劇的逆転の真相

カンプノウの奇跡とは?バルサ対Psgと1999年マンU劇的逆転の真相

カンプノウの奇跡とは?バルサ対Psgと1999年マンU劇的逆転の真相とは一体何なのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。

スペイン語の「レモンターダ(Remontada)」とは、元々は「山を登り直す」「困難な状況からの挽回・逆転」を意味する言葉です。しかし、この試合を境に「レモンターダ」という単語は、バルセロナが起こした奇跡の代名詞として全世界の辞書やサッカーメディアに定着しました。

試合は開始早々の3分、ルイス・スアレスの泥臭いヘディングで幕を開けました。40分にはアンドレス・イニエスタの執念のバックヒールから相手DFライヴィン・クルザワのオウンゴールを誘発。後半50分にはリオネル・メッシがPKを沈め、スコアは3-0。トータルスコア3-4となり、カンプ・ノウは完全に熱狂に包まれました。

ところが62分、エディンソン・カバーニに強烈なボレーでアウェイゴールを奪われます。当時のルールではアウェイゴールが適用されていたため、バルセロナが勝ち抜くにはさらに「3点」が必要になりました。時計の針は進み、87分が経過した時点でスコアは3-1のまま。スタジアムの一角からは席を立つファンの姿も見られ、誰もがバルサの終焉を確信していました。

ここからフットボールの神が舞い降ります。88分、ネイマールがゴール左隅へ完璧な直接フリーキックを突き刺すと、直後の91分にはルイス・スアレスが獲得したPKを再びネイマールが冷静に沈めて5-1。合計スコア5-5と並びますが、アウェイゴール差で依然としてPSGが優勢でした。

迎えた後半アディショナルタイム95分、相手ペナルティエリア手前でボールを持ったネイマールが、落ち着き払ったフェイントから右足で柔らかな浮き球をゴール前へ供給。そこに最終ラインから猛烈な勢いで飛び込んできたのが、カンテラ(下部組織)育ちのセルジ・ロベルトでした。伸ばした右足の先で捉えたボールがネットを揺らした瞬間、カンプ・ノウの9万6000人が爆発。ベンチのルイス・エンリケ監督はピッチへ全力疾走し、メッシはサポーター席のフェンスに駆け上がって咆哮しました。地元バルセロナの地震計がファンの歓声による微小な揺れを観測したほど、大地が震えた瞬間でした。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。