山内房次郎が創業の地に選んだ京都市下京区鍵屋町は、鴨川と高瀬川に挟まれた静閑な一角です。この地に1930年(昭和5年)に建築された任天堂の旧本社社屋は、現在、世界的建築家・安藤忠雄氏の設計監修を経て高級ホテル「丸福樓(まるふくろう)」として再生されています。
現地を訪れると、当時の外壁に刻まれたレトロなアール・デコ調の装飾タイルや、旧社章「丸福」のモノグラムが今なお鮮明に残されている光景に圧倒されます。ホテル内部には当時の応接間や金庫室が保存され、宿泊者が閲覧できるライブラリーには、初代・房次郎が手がけた花札「大統領」の実物や、明治期の原版が静かに息づいています。
SNSやファンのコミュニティ、さらには2024年に京都府宇治市に開館した「任天堂ミュージアム」を訪れた来館者たちの間では、次のようなリアルな驚きの声が絶えません。
「現在のハイテクなゲーム機の原点が、この薄暗い工房で一枚一枚手作業で作られていた花札だったとは信じられない」
「花札をめくるときの独特の『パチッ』という高い音と適度な反発力。130年以上前の房次郎の手仕事が、いまのSwitchのコントローラーの触感へのこだわりと地続きであることが体感できた」
房次郎の花札は、石灰と粘土を混ぜた顔料を何層にも重ね塗りし、京都特有の湿気や気温を見極めながら指先の感覚だけで均一な厚みを作り出していました。この「極限まで指先の触感と遊び心地にこだわる」という姿勢は、現場を観察すればするほど、後の十字キーの開発やコントローラーの振動フィードバックへと受け継がれていることが明白になります。