尾上菊五郎の家系図を紐解くと、日本の近現代エンタメ史そのものと言える豪華絢爛な顔ぶれが並びます。六代目尾上菊五郎の養子である二代目尾上九朗右衛門、そして実父である七代目尾上梅幸という名門の血を受け継ぐ七代目の周囲には、特筆すべき家族のドラマが存在します。
まず欠かせないのが、妻・富司純子の存在です。東映の看板女優「藤純子」として一世を風靡し、絶頂期に梨園へと嫁いだ彼女は、50年以上にわたり音羽屋の女将として家を守り続けてきました。七代目が体調を崩した際にも、徹底した栄養管理とスケジュール管理で夫を支え抜いたことは劇界でも知られています。当時の特番インタビューや手記において、富司純子は「夫が舞台に立つ姿を見ることが私の人生のすべて」と語っており、その献身ぶりは梨園の妻の鑑と称されてきました。
一方で、長女である寺島しのぶとの関係性は、昭和・平成の伝統芸能界が抱えていた葛藤を象徴しています。「歌舞伎の家に生まれながら、女性であるがゆえに家を継げない」という根源的な苦悩を抱えていた寺島しのぶは、自らの実力で現代劇・映画の世界へ飛び込み、ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞する国際派女優へと登り詰めました。かつては父親との距離感や家柄の重圧に悩んだ時期もありましたが、フランス人の夫との間に生まれた長男・寺島眞秀が「初代尾上眞秀」として歌舞伎の舞台に立ったことで、家族の絆はかつてないほど強固なものとなりました。七代目は孫である眞秀の初舞台を誰よりも喜び、稽古場では目を細めて指導に当たったといいます。