かつて全国で絶賛された展示が、なぜ一転して社会的糾弾を受け、終焉を迎えることになったのか。その引き金となったのは、隠蔽しきれなくなった3つの致命的な問題でした。
1. 遺体の出どころと献体同意の有無(国際的な人権疑惑)
最大の争点となったのは、展示されている遺体が「誰のものか」という点でした。ハーゲンス博士の主催する展示(現在のBody Worldsなど)では、生前に自らの意思で標本化を承諾したドナー登録制度を設けていたと主張されていました。しかし、日本で独自巡回していた後期の「人体の不思議展」における遺体には、生前の献体同意(インフォームド・コンセント)が存在した証拠が一切提示されませんでした。
主催側は「中国の規定に基づき、適法に引き渡された身元不明遺体である」と弁明しましたが、これが火に油を注ぎます。中国において「身元不明の遺体」がなぜこれほど大量に、しかも健康な若年層の肉体として供給されるのか。欧米のジャーナリズムや国際人権団体からは、中国の死刑囚や弾圧された宗教団体・少数民族の政治犯が本人の同意なく流用されたのではないかという戦慄すべき疑惑が突きつけられました。
2. 死体解剖保存法違反疑惑と「死体か標本か」の法的攻防
国内法規との衝突も決定打となりました。日本の死体解剖保存法では、死体の保存や解剖、特定施設以外での保管・公衆への提示について、厚生労働大臣の許可や厳格な医学的資格を義務付けています。入場料を取って一般大衆に遺体を見せる行為は、同法に真っ向から抵触する可能性がありました。
主催者側が取った法医学的・法的な抗弁は「樹脂が隅々まで浸透しているため、これは法的な『死体』ではなく、プラスチック加工された『標本・製品』である」という極めて苦しい論理でした。しかし、法学者や法医学者たちからは「DNAが検出しうる人間の遺骨や組織そのものであり、死体以外の何物でもない」と断罪されました。2010年には京都での開催に際し、大学教授や市民団体が死体解剖保存法違反容疑で京都府警に告発状を提出する事態へと発展しました。
3. 日本医師会・日本解剖学会による抗議声明と後援包囲網の崩壊
医療倫理の頂点に立つ組織が明確な「NO」を突きつけた影響は甚大でした。かつて展示を後援していた日本解剖学会は「商業主義に堕し、生命の尊厳を著しく損ねている」として絶縁宣言を発表。さらに日本医師会が公式に抗議声明を出し、各都道府県の医師会や自治体、教育委員会に対して後援や連携を行わないよう強く要請しました。
これまで「青少年の教育に資する理科教育」という建前を信じて名義を貸していた自治体、教育委員会、そして地方メディア各社は、一斉に後援を取り消して撤退。法的告発と倫理的包囲網によってスポンサーと会場を失い、興行ビジネスモデルそのものが立ち行かなくなったことが、最終的な中止の直接的理由でした。