タモリ赤塚不二夫への白紙弔辞|Youtubeで再燃する伝説の真相

タモリ赤塚不二夫への白紙弔辞|Youtubeで再燃する伝説の真相

タモリ赤塚不二夫への白紙弔辞|Youtubeで再燃する伝説の真相を徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を凝縮して配信します。

2008年8月7日、東京都中野区の宝仙寺で営まれた赤塚不二夫さんの告別式。友人代表として祭壇の前に立ったタモリさんは、喪服のポケットから静かに巻紙(奉書紙)を取り出し、視線を落としながら語り始めました。静まり返った式場に響いたのは、淀みのない、しかし深い哀悼と敬意に満ちた約7分50秒のスピーチでした。

しかし、式典の直後、現場にいた報道カメラマンの超望遠レンズが捉えた写真によって驚くべき事実が発覚します。タモリさんがじっと見つめ、めくっていた巻紙には、文字が1文字も書かれていなかったのです。真っ白な紙を見つめながら、あたかも書かれた文章を朗読しているかのように完璧な弔辞を紡ぎ出していたこの姿は、歌舞伎の弁慶が何もない巻物を読み上げる名場面になぞらえ、「現代の勧進帳」と称賛されることになりました。

では、なぜタモリさんは白紙のまま壇上に上がったのでしょうか。後日、タモリさん自身がテレビ番組や対談などで語った告白によると、そこには冷徹な演出などではなく、あまりに生々しい葛藤がありました。

前夜、タモリさんは恩師である赤塚さんへの思いを原稿にまとめようと机に向かいました。しかし、赤塚さんとの濃密すぎる思い出、注がれた計り知れない恩義、そして込み上げる感情が錯綜し、どれほど言葉を尽くしても便箋の上に収めることができなかったといいます。「言葉にしようとすればするほど、嘘っぽくなってしまう」。結局、一文字も書き進めることができないまま朝を迎えてしまいました。

マネージャーに用意してもらった本格的な奉書紙を前に、タモリさんは決断します。「何も持たずに壇上に立つのは礼儀を欠くかもしれない。だが、用意された形式的な美辞麗句を読むのではなく、今、赤塚さんの遺影の前で心に浮かんだ本当の感情だけを自分の肉声で語ろう」。あの白紙は、不遜なパフォーマンスではなく、恩人に対する極限の誠実さの表れだったのです。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。