お布施の捉え方は、信仰する宗派の教義によってもニュアンスが異なる。寺院との対話において恥をかかないためには、各宗派の基本的な立ち位置を把握しておくことが欠かせない。
例えば浄土真宗本願寺派では、故人を追善供養するという概念が存在しない。亡くなった魂は即座に極楽浄土へ往生しているという教義に基づいているため、法要は故人の供養のためではなく「阿弥陀如来への感謝」を表す場とされる。そのため、不祝儀袋の表書きに「御供養料」と書くのは教義上の誤りであり、単に「お布施」と記すのが厳格なマナーだ。
一方、禅宗である曹洞宗宗務庁が発信する指導や教化資料においても、お布施は修行の一環である「布施波羅蜜」の実践と位置づけられる。見返りを求めずに施す清らかな心を尊ぶため、金額の多寡よりも誠意が重んじられるものの、地域の慣習や菩提寺との関係性に応じた暗黙の目安が存在することは否定できない。宗派ごとの教義の違いを理解したうえで表書きや金封を選ぶ姿勢こそが、施主に求められる教養といえる。