和を以て貴しとなすの真意とは?仲良しこよしを否定した聖徳太子の教訓

和を以て貴しとなすの真意とは?仲良しこよしを否定した聖徳太子の教訓

和を以て貴しとなすの真意とは?仲良しこよしを否定した聖徳太子の教訓とはどのようなものなのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

日常会話やビジネス文書でも見かけるこの言葉ですが、まずは正しい読み方と歴史的背景を整理します。

一般的に最も広く定着している和を以て貴しとなす 読み方は「わをもってとうとしとなす」です(歴史的仮名遣いや慣用表現として「わをもってとおとしとなす」「わをもってとうとびとなす」と読まれる場合もあります)。漢字表記としては「和を以て貴しと為す」と書くことも一般的です。

言葉の由来となったのは、西暦604年(推古天皇12年)、推古天皇のもとで摂政を務めていた聖徳太子(厩戸皇子)が制定したとされる『十七条憲法 第一条』の冒頭文です。この出来事は、奈良時代に編纂された正史『日本書紀』に克明に記録されています。

当時の日本は、蘇我氏と物部氏による熾烈な権力闘争や、仏教受容を巡る豪族同士の血みどろの対立が続いていた激動期でした。中央集権国家としての体制を整えるため、官吏(役人)や貴族たちに対し「私利私欲や派閥争いに明け暮れるのではなく、国家のために協調せよ」という規範を示したのが、十七条憲法が生まれた歴史的背景です。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。