番組が1987年の開始から40年近くにわたって放送回数1万回を突破し、愛され続けている最大の理由は、過度な演出を削ぎ落とした「引き算の美学」にあります。その根幹を担うのが、ナレーターの石丸謙二郎と作曲家・チェリストの溝口肇の存在です。
石丸謙二郎は、1987年6月1日の第1回放送から現在に至るまで、病欠による代役を立てることすら一度もなく、たった一人でナレーションを務め続けています。ネット上では時折「石丸謙二郎が降板した」という検索キーワードが浮上しますが、これは完全な誤解であり、現在も毎週スタジオで声を吹き込んでいます。
石丸自身が過去のインタビューや手記で明かしている収録の流儀は独特です。「映像が主役であり、言葉はそれを邪魔してはならない」「旅の興奮を声高に語るのではなく、隣の席で友人が呟いているようなトーンを保つ」。ナレーション原稿の文字数は一般的な番組と比べて極端に少なく、あえて多くを語らずに列車がレールを刻む走行音(ジョイント音)や現地の喧騒を聴かせる間(ま)を大切にしています。
その静謐な語りを包み込むのが、溝口肇の手によるテーマ曲『世界の車窓から』です。チェロの深く温かい低音とピアノの透明感あふれるアルペジオで始まるこの旋律は、聴いた瞬間に日常の雑踏から異国のプラットホームへと意識をトリップさせる驚異的な力を持っています。この音楽と語りの調和こそが、番組を単なる観光案内から「詩的な映像芸術」へと昇華させているのです。