当時の国家予算が十数億円の時代に、日本がシベリア出兵に費やした軍費は約9億円から10億円に達した。文字通り国家の財政を揺るがす巨額の国費が、なぜ成果の見込めない極東の戦場へ流出を続けたのか。失敗の裏に隠された真の動機について、近年の日本史学は単なる外交的孤立への恐怖ではなく、大日本帝国陸軍内部に存在した「防共の壁」建設という妄執を指摘する。
レーニンが進める共産主義革命の波が満州や朝鮮半島へ波及することを極度に恐れた陸軍首脳部は、バイカル湖以東に傀儡政権を擁立し、共産化を防ぐ緩衝地帯(バッファーゾーン)を作り上げようと画策していた。教科書には詳しく記されないが、最新の研究では、兵車を動かす名目として米国の警戒をかわしながら、裏で現地の反革命派将軍らを支援し、権力基盤を固めさせようとした極秘工作が一次史料から立証されている。巨額の軍費は、こうした実現性の低い野望を買い支えるために浪費されたのだ。