長年、ネット上や一部の旅行情報サイトで根強く語られているのが「クロアチアのアドリア海沿岸都市・ドゥブロヴニクが魔女の宅急便のモデル地である」という言説です。しかし、スタジオジブリ公式の歴代出版物やロケハン記録をどれほど精査しても、映画『魔女の宅急便』制作時にクロアチアを取材したという記録は一切存在しません。
なぜこの誤解が定着したのか。最大の要因は、ドゥブロヴニクが持つ「オレンジ色の屋根瓦と群青色の海」という視覚的記号が、コリコの遠景描写と極めて親和性が高かった点にあります。さらに、同じ宮崎駿監督作である『紅の豚』(1992年公開)においてアドリア海が舞台として設定されたことと情報が混同され、2000年代以降の個人ブログや一部旅行代理店のセールストークによって「公認モデル地」であるかのように増幅・拡散されたというのが実態です。
また、日本国内で「魔女の宅急便の聖地」として圧倒的な知名度を誇るのが、香川県の道の駅 小豆島オリーブ公園です。エーゲ海を思わせる白いギリシャ風車と瀬戸内海の青、無料貸し出しされている「魔法のほうき」にまたがってジャンプする撮影スポットはSNSで社会現象化しました。
ただし、ここにも正確に整理しておくべき事実があります。小豆島オリーブ公園にあるハーブショップ「コリコ」は、アニメ映画版ではなく、2014年に公開された清水崇監督・小芝風花主演の実写映画版『魔女の宅急便』で使用されたパン屋のロケセットをそのまま移築したものです。アニメの聖地ではなく、実写版の公式ロケ地遺産が観光地として見事に昇華した事例であり、この文脈の差異を理解しておくことが聖地巡礼におけるリテラシーと言えます。