これでいいのだの真意とは?赤塚不二夫の壮絶人生と究極肯定の哲学

これでいいのだの真意とは?赤塚不二夫の壮絶人生と究極肯定の哲学

これでいいのだの真意とは?赤塚不二夫の壮絶人生と究極肯定の哲学とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを簡潔に解説します。

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この名言と『天才バカボン』という作品には、長年語り継がれる興味深い文化的・思想的バックボーンが存在します。それが「仏教思想との親和性」です。 漫画史家や仏教学者の研究、また関係者の間でも広く指摘されているのが、主人公「バカボン」というネーミングのルーツです。サンスクリット語において、お釈迦様をはじめとする仏陀や敬うべき覚者を指す尊称に「Bhagavan(バガヴァッド/漢訳:薄伽梵=ばかぼん)」という言葉があります。煩悩を超越し、悟りを開いた聖者を意味するこの言葉が、破天荒に見えて何ものにも執着しないパパのキャラクターに重なるのは決して偶然とは思えません。 さらに、バカボンのパパの台本のない行動や「これでいいのだ」というフレーズは、般若心経の「色即是空 空即是色」、あるいは禅宗の「如日(あるがまま)」の境地そのものです。仏教における「諦め(あきらめ)」の語源は、物事を悲観することではなく「明らめ(物事の条理をつまびらかに観ること)」にあります。 「これでいいのだ」の意味とは、「現実は理想通りには進まないが、いま目の前にある事実を歪めずにすべてよしとして引き受ける」という如実知見の思考です。西から登った太陽が東へ沈むというオープニングソングの不条理劇すら、「常識や先入観を脱ぎ捨てて現象そのものを愛でる」という高度な哲学的パロディにほかなりません。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。