彼らが「音楽的モンスター」と評される最大の要因は、クラシックとストリートの奇跡的な合流点にあります。キングヌーの結成の経緯は、2013年に常田が立ち上げた前身プロジェクト「Mrs.Vinci」(のちに「Srv.Vinci」へ改名)に端を発します。
当時、藝大でチェロを専攻していた常田は、アカデミックな教育環境に身を置きながらも、ヒップホップやグランジロック、クラブミュージックの熱量に激しく共鳴していました。ここで浮上するのが、ネット上でも関心の高い常田大希の東京藝大中退理由です。報道各社のロングインタビューにおいて、常田本人は「学校の中で優等生になることよりも、実社会の現場で通用する強烈なカルチャーを創り出したかった」「社会と隔絶された象徴的な場所に長く留まる危機感があった」という趣旨の発言を残しています。入学からわずか1年足らずで退学届けを提出した決断は、自らの表現衝動を世に問うための必然的な行動でした。
一方、同郷(長野県伊那市)の幼馴染であり、小中学校の合唱コンクールでともに歌った過去を持つのが井口理です。キングヌーのメンバー学歴まとめを紐解くと、井口は東京藝術大学音楽学部声楽科を正規に卒業しています。この声楽科で培われたベルカント走法やドイツ歌曲の解釈力こそが、現在の井口理の声楽科仕込みの歌唱力の強固な基盤となっています。常田が「誰もが振り返るポップスとしての強度」をバンドに求めた際、最も信頼するボーカリストとして白羽の矢を立てたのが井口でした。
しかし、エリート教育を受けた2人だけでは、King Gnu特有の野蛮なグルーヴは生まれませんでした。突破口を開いたのが、セッションバーで常田と邂逅した勢喜遊です。勢喜遊の両親はプロのミュージシャン(父親がドラマー、母親がシンガー)であり、幼少期からブラックミュージックやファンクのリズムを空気のように吸って育ちました。その勢喜が「恐ろしいベースを弾く男がいる」と常田に引き合わせたのが新井和輝でした。新井は大学時代、日野賢二氏をはじめとするトッププレイヤーの薫陶を受け、国立音大のジャズ研にも出入りしながらストリートのセッションで腕を磨き抜いた現場叩き上げの俊英です。
クラシックの構造美を解体・再構築する常田、クラシックの正統派発声で情念を歌い上げる井口、ストリート仕込みの圧倒的なブラックグルーヴを叩き出す勢喜、そしてジャズの高度な理論で全体を有機的に接着する新井。2017年、4つの異なる才能がひとつの器に収まった瞬間、バンド名は「King Gnu」へと改称されました。春先になると群れを成して巨大な塊となる動物「ヌー」のように、老若男女を巻き込んで巨大なカルチャーのうねりを起こす——その野望は、わずか数年で現実のものとなったのです。