1972年3月、社会党(当時)の国会議員が国会審議で機密電報のコピーを提示して政府を追及したことを契機に、捜査当局が動きます。警視庁は同年4月、機密電報を持ち出した女性事務官を国家公務員法違反(秘密漏洩)で、西山記者を同法違反の教唆(そそのかし)容疑で逮捕しました。
裁判では「国民の知る権利に奉仕する報道の自由(憲法21条)」と「国家秘密の保持」の衝突が真っ向から争われました。一審の東京地裁(1974年)は、西山記者の取材活動について「取材手段に非難される点はあるが、違法性の認識は薄かった」として無罪判決を言い渡します。
しかし、二審の東京高裁で逆転有罪となり、1978年の最高裁判決によって懲役4月・執行猶予1年が確定しました。最高裁は「報道機関の取材活動は正当な業務行為として違法性が阻却されうる」という一般論を認めつつも、本件においては「女性事務官の法秩序軽視の感情に乗じ、情を通じて秘密電報を持ち出させた取材方法は、手段・方法において相当性を欠き正当な取材活動の範囲を逸脱している」と厳しく断じました。