アメリカ留学から帰国した1979年、安倍氏は大手鉄鋼メーカーの株式会社神戸製鋼所に入社しました。政治家の道へ直行するのではなく、民間企業で社会人の基礎を学んだことは、後の現実的な経済政策や産業政策の立案に大きな影響を与えました。
入社後は兵庫県の加古川製鉄所に配属され、現場の交代勤務や過酷な製鉄の現場を直に経験。その後、東京本社やニューヨーク事務所などで営業・輸出業務を担当しました。当時の上司や同僚からは「育ちの良さを鼻にかけず、誰に対しても気さくで腰が低い好青年」と評されていました。
1982年、父・晋太郎氏の外務大臣就任に伴い、神戸製鋼所を退社して外務大臣秘書官に就任。ここから世界数十カ国を歴訪する外交の現場へ身を投じ、後の政治家・安倍晋三の確固たる基盤が形成されていきました。