ロースとフィレの最大の違いは、筋肉が存在する位置と、生前にその筋肉がどれだけ動かされていたかという運動量にあります。牛や豚の骨格構造において、背骨の外側に位置して体を支えるのがロースであり、背骨の内側にひっそりと寄り添っているのがフィレです。
フィレ肉が柔らかい理由は解剖学的に極めて明快です。背骨の内側にある大腰筋(だいようきん)と呼ばれる筋肉は、日常の歩行や体重の維持でほとんど負荷がかかりません。筋肉は使われなければ筋繊維が太くならず、筋膜などの結合組織(コラーゲン)も発達しないため、熱を通しても硬化しにくい微細で滑らかな肉質が維持されます。牛一頭(約700〜800kg)から取れるフィレの量はわずか約3%(10〜12kg程度)に過ぎず、その中心部に位置する最もきめ細やかな芯の部分が、幻の最高級部位として名高いシャトーブリアンです。
一方のフィレ肉部位特徴とは対照的に、ロースは牛の背中全体に沿って広がる広背筋や最長筋で構成されています。常に頭部や内臓の重みを支え続けているため、筋肉自体の旨味が極めて濃厚です。さらに、適度な運動負荷と品種改良の恩恵によって、赤身の筋繊維の隙間に美しいサシ(霜降り状の脂肪交雑)が入り込みやすい性質を持ちます。「脂の甘みとパンチのあるコクを味わうならロース、シルクのような口溶けと純粋な赤身の風味を堪能するならフィレ」という明確な棲み分けは、この身体構造の差から生まれています。