2011年、多くの惜しむ声に包まれながら日テレを退社。大手芸能事務所セント・フォースへと籍を移し、フリーアナウンサーとしての新たな挑戦を選んだ。しかし、待ち受けていたのは局アナ時代とは全く異なるプレッシャーだった。局のバックアップという守られた環境から一転、個人の名前だけで視聴率と評価を背負わされる厳しい戦場である。
当時、放送メディア業界全体が大きな地殻変動を起こしていた。ネットメディアの台頭と視聴者の嗜好の細分化が進むなか、情報番組・ニュースバラエティに求められるキャスター像もまた「確かなアナウンス技術」から「尖ったキャラクターや過剰な自己演出」へとシフトしつつあった。愚直なまでに正統派のジャーナリズムと品格を守ろうとする姿勢が、時に過剰な演出を求める制作サイドとの間で静かな摩擦を生むこともあったという。