神津はづきの現在と杉本哲太の絆|母・中村メイコとの別れを超えて

神津はづきの現在と杉本哲太の絆|母・中村メイコとの別れを超えて

神津はづきの現在と杉本哲太の絆|母・中村メイコとの別れを超えての注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。

「俳優・杉本哲太の妻」という事実を知る人は多いものの、そのふたりがどのような経緯で結ばれたのかについては、今なお驚きをもって語り継がれています。名門音楽家・作曲家の父と国民的スターの母を持つサラブレッドの神津はづきさんと、かつて「横浜銀蝿」の弟分として突っ張りロックバンド「紅麗威甦(グリース)」でデビューした硬派で無頼派の杉本哲太さん。一見すると対極に位置するふたりの接点は、1990年代初頭の共演と知人を介した食事会でした。

ふたりの交際が始まった当初、世間や周囲からは「カルチャーギャップが大きすぎるのではないか」と懸念する声も少なくありませんでした。当時の報道や本人の述懐によれば、母・中村メイコさんも当初は杉本さんのワイルドな風貌に少なからず驚いたといいます。しかし、いざ対面してみると、杉本さんは誰よりも礼儀正しく、家族を敬い、何よりはづきさんに対して純粋で誠実な愛情を注いでいました。

中村メイコさんは生前、トーク番組で当時の様子を次のように振り返っていました。

「最初は革ジャンを着た怖いお兄さんが家に来たのかと思って身構えたの。でも、玄関で靴を綺麗に揃えて、深々と頭を下げて『はづきさんを大切にします』とおっしゃった。その澄んだ目を見た瞬間、この人なら娘を預けられると確信しました」

1992年に挙行された結婚式はメディアでも大々的に報じられ、以来30年以上の歳月が流れた現在に至るまで、ふたりの間に不協和音の報道は一切ありません。杉本哲太さんが日本を代表する名バイプレイヤーとして数多のドラマや映画で重宝され続けている背景には、妻であるはづきさんの細やかな健康管理と精神的なサポートがあったことは業界関係者の間でも周知の事実です。

山田 真由
著者

山田 真由

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