ザ・ドリフターズが残した足跡は、『全員集合』だけに留まりません。フジテレビ系列で不定期に放送された『ドリフ大爆笑』もまた、民放バラエティの常識を覆す数値を叩き出し続けました。両番組の最高記録および同時代を彩ったライバル番組のデータを比較すると、ドリフターズが築き上げた帝国の巨大さが浮き彫りになります。
ドリフターズ 歴代視聴率推移を詳細に辿ると、番組の命運を分けた劇的な波が存在していたことが分かります。1969年10月にスタートした当初の視聴率は15%前後の平凡な滑り出しでした。しかし、番組開始翌年の1970年、加藤茶が披露した「ちょっとだけよ」「あんたも好きねえ」という、大人のストリップショーをパロディ化した危険なギャグが小学生の間で爆発的な社会現象を引き起こします。これを契機に視聴率は30%台へ跳ね上がりました。
その後、1974年にメンバーの荒井注が「体力の限界」を理由に脱退。グループ存亡の危機に瀕する中、当時24歳だった付き人の志村けんが新メンバーとして抜擢されます。加入当初は観客の冷ややかな反応に苦しみ、一時的に数字を落とす時期もありましたが、1976年に志村が自ら発掘した「東村山音頭」が大ヒット。さらに「カラスの勝手でしょ」や加藤茶との「ヒゲダンス」など、志村けん 伝説のコントが次々と誕生したことで、番組は奇跡的なV字回復を果たし、40%超えを連発する第2次黄金期へと突入したのです。