作中で読者に最も深い精神的衝撃を与えたのが、実弥と弟・玄弥の間に横たわる愛憎のドラマです。実弥は鬼殺隊に入隊してきた玄弥に対し、目を潰そうとするほどの暴挙に出たり、「俺には弟などいない」と公然と言い放ったりと、徹底して冷酷非情に振る舞い続けました。
しかし、その態度の真意は物語終盤で完全に反転します。玄弥は呼吸の適性がなく、鬼の肉を喰らうことで一時的に鬼の能力を得る危険な「鬼食い」によって戦っていました。実弥が玄弥を激しく拒絶していたのは、弟を憎んでいたからではなく、「どんな手段を使ってでも鬼殺隊を辞めさせ、危険のない平穏な日常へ帰したかった」からでした。
「テメェはどっかで所帯持って、子ども増やして、爺になるまで生きてりゃ良ぎったんだよ」――この魂の叫びは、母を殺した罪悪感と孤独に耐え続け、地獄の業火を自分一人で背負うと決意した兄の、剥き出しの祈りでした。玄弥が自分と同じ死線に立つことを何よりも恐れていたのです。
【プロの結論】愛着障害と過剰防衛の心理学|不器用な兄弟愛が遺したもの
心理学および家族関係の臨床的視点から実弥の行動を分析すると、極度のトラウマに起因する「反動形成」と「代理受難の心理」が明白に見て取れます。肉親を奪われた実弥は、残された弟への過度な愛情と執着を、あえて「敵意と暴力的な拒絶」という逆のベクトルで発露させました。甘い態度を見せれば弟が戦線に留まってしまうため、あえて自らが憎まれ役を買って出ることで、玄弥を生き残らせようとしたのです。
この悲痛なすれ違いは、健全なコミュニケーションを断絶させるリスクを孕んでいましたが、二人が最期の瞬間に交わした言葉によって、互いが互いを何よりも尊び、守ろうとしていたという真実が結晶化しました。家族という共同体が負った傷を前に、人間がいかに無器用で、しかし崇高な愛を持ちうるかを体現したエピソードと言えます。