大学駅伝史に残る悪夢とも称された第100回箱根駅伝における中央大学の失速。往路・復路ともに終始精彩を欠き、大手町に13位で戻ってきた選手たちの蒼白な表情は、多くの駅伝ファンに強烈な衝撃を与えました。インターネット上では「慢心があったのではないか」「オーバートレーニングによる調整失敗ではないか」といった様々な憶測が飛び交いましたが、その真相は極めて過酷なバイオロジカルなアクシデントでした。
大会後の総括会見において、藤原正和監督が明かした事実は極めて生々しいものでした。12月下旬の最終調整期間中、東京都日野市に位置する駅伝部合宿所内において、登録メンバー16名中14名が38度を超える高熱を発する集団体調不良に見舞われていたのです。潜伏期間を経て次々と主力選手が倒れ、隔離措置を講じたものの、密閉性の高い集団生活環境と極限まで体脂肪を絞り込んだアスリート特有の免疫力低下が重なり、ウイルスの爆発的な家庭内感染類似の状況を引き起こしました。
特番インタビューや当時の手記で主力が「直前まで起き上がることすらままならず、食事も喉を通らなかった。それでも襷を繋ぐためにスタートラインに立つしかなかった」と吐露した通り、現場は戦術や走力云々を語れるコンディションではありませんでした。医学的見地からも、最大酸素摂取量(VO2max)が数パーセント落ちるだけで長距離走のパフォーマンスは致命的な打撃を受けます。不本意な走りの背景には、不可抗力ともいえる感染症の猛威と、集団管理における衛生危機管理の盲点が存在していたのです。