名門・佐渡ヶ嶽部屋の門を叩いた琴風は、師匠である琴桜の指導のもと、徹底した下半身強化に打ち込んだ。相手の懐に深く飛び込み、全身のバネを叩きつける「がぶり寄り」は、まさに血の滲むような稽古量の賜物だった。大相撲本場所の土俵上で見せるその怒涛の寄りは、観客の血を沸き立たせる圧巻の凄みを持っていた。
だが、栄光の頂点に差し掛かった矢先、彼は右膝に壊死を伴う大怪我を負う。当時の医療技術では現役復帰は絶望的と言われ、公傷制度の適用を余儀なくされた。絶望の淵に立たされながらも、彼はリハビリと過酷な稽古に耐え抜き、幕尻から再び大関へと返り咲くという前代未聞の奇跡を成し遂げた。この不屈の復活劇こそが、今なお多くの人々の語り草となっている理由である。