山口百恵が生まれた1959年、彼女の家庭環境は最初から過酷な条件を突きつけられていた。実父は医者としての職業を持ち、別に本妻と家庭を持つ男性だった。百恵とその妹は、認知こそされていたものの戸籍上は「非嫡出子」として記載され、父親からの十分な経済的支援もないまま放置されたのである。
母・正子は内職を掛け持ちしながら、貧しいアパートで女手ひとつで二人の娘を育て上げた。病弱な母が体を壊しながら働く姿を目の当たりにして育った百恵にとって、「自分が早く大人になって家計を支えなければならない」という思いは、幼少期からの切実な強迫観念となっていた。横須賀の街で過ごした多感な少女時代、父親の影は温かい庇護者ではなく、母を苦しめ家族を脅かす不在の存在でしかなかった。