アルバムのA面5曲目に配された表題曲「氷の世界」に針を落とした瞬間、当時のリスナーは耳を疑いました。そこに鳴り響いていたのは、それまでの「四畳半フォーク」と呼ばれる内省的・湿潤なアコースティックサウンドではなく、地を這うような重厚なベースラインと切れ味鋭いカッティングギターが牽引する、獰猛かつ都会的なファンクロックだったからです。
この革新的なサウンドの屋台骨を担ったのが、ザ・モップスのメンバーであり稀代のプロデューサー/編曲家である星勝(ほしまさる)です。星勝は本作の制作に際し、日本のポップス史上極めて早い段階でロンドンレコーディングを敢行。現地の有名スタジオ「アビー・ロード・スタジオ」や「アドビジョン・スタジオ」に乗り込み、英国のトップミュージシャンたちと対峙しました。
「氷の世界」の編曲クレジットには星勝とともにニック・ハリソン(Nick Harrison)の名が刻まれています。ドラムにはエルトン・ジョンのバンド等で活躍したナイジェル・オルソン、ベースには名手ダドリー・フィリップスらが参加。日本語の持つ独特の高低アクセントと、英国ロック仕込みのタイトなグルーヴが見事な摩擦を起こし、冷ややかな狂気をはらんだ唯一無二の音像が完成しました。井上陽水自身も当時の制作を振り返る手記で、「現地のミュージシャンが自分の曲を予想もしないリズムで解釈していくスリルに震えた」と吐露しています。