この一本の木が全国に知れ渡る契機となったのは、1972年(昭和47年)9月にスタートした日産自動車「4代目スカイライン(C110型)」のテレビCMシリーズでした。当時の広告界において、車そのもののスペックや走行性能ではなく、「若い男女が旅を通じて紡ぐ叙情的な物語」を前面に押し出したプロモーションは極めて画期的な試みでした。
作中に登場した架空のカップル「ケンとメリー」の名を取り、この4代目スカイラインは熱狂を込めて「ケンメリ」の愛称で呼ばれるようになります。CMソングに起用されたフォークデュオ・BUZZのデビュー曲『ケンとメリー〜愛と風のように〜』はオリコンチャート上位を記録し、30万枚を超える大ヒットを達成。CM内に登場するTシャツなどのキャラクターグッズには数十万件の応募が殺到するなど、単なる自動車の販促を超えた巨大なユースカルチャーへと発展しました。
撮影隊が美瑛の丘を訪れた当時、この地域は観光地としての整備が一切なされておらず、見渡す限りの広大なジャガイモ畑や小麦畑が広がっていました。制作ディレクター陣が北海道ロケハンを重ねる中で、雄大な空と緩やかな丘の頂に孤高のシルエットを保っていたこのポプラの木に目を留め、カメラを据えたと当時の広告関係資料は伝えています。
広大な青空をバックに、若い2人がスカイラインを走らせ、巨木の下で語り合う映像は、高度経済成長期の日本人に「マイカーで旅する自由と憧れ」を強烈に植え付けました。結果として、4代目スカイラインは歴代モデルの中でも最多となる累計販売台数約67万台を記録。その象徴的舞台となった美瑛のポプラは、いつしか「ケンとメリーの木」と自然発生的に呼ばれるようになり、昭和のモータリゼーションの金字塔として記憶に刻まれることになったのです。