「ニシンの卵」がなぜ「ニシン子」ではなく「数の子」と呼ばれるのか。その起源は室町時代から平安時代にまで遡ります。当時、東北や北海道地方においてニシンは「カド(あるいはカドイワシ)」と呼ばれていました。「カドの子」が次第に音変化を起こし、室町幕府の文献や江戸時代の食文化の中で「数の子(かずのこ)」へと定着していったのが歴史的事実です。
また、「数」という漢字が当てられた背景には、ニシンの産卵生態が深く関係しています。1尾のニシンが産む卵の数は数万個から十万個以上にも達します。無数に寄り集まった卵粒の姿が「子宝に恵まれる」「子孫繁栄」「一族の結束」を想起させることから、室町幕府第13代将軍・足利義輝の献立記録にも縁起物として登場し、江戸時代以降はおせち料理の「祝い肴三種」の一つとして不動の地位を築きました。
生物学的な観点から見ると、鰊の卵の正体は強い粘着糸で覆われた魚卵の集合体です。タラコや筋子とは異なり、ニシンは海藻や岩肌に卵を強く産み付けます。卵の表面に存在する微細な粘着層同士が互いに強固に結合するため、乾燥や塩蔵加工を経ても粒がバラバラにならず、あの唯一無二のパリッとした弾力と歯ごたえが維持されるのです。