「なぜ東大法学部を出て華道家になったのか」という疑問は、彼がインタビューを受けるたびに投げかけられる問いです。その根底には、論理的思考の極致を学んだからこそ行き着いた、人間本来の感性への回帰がありました。
当時の特集番組やインタビューで池坊専宗本人が語った回想によると、大学で法学という「人間が社会秩序を維持するために作った厳密な論理体系」を徹底的に学んだ際、ふと「論理だけでは救いきれない人間の感情や、言葉にできない美の領域」に強い関心を抱いたといいます。
机上の条文解釈と向き合い続ける日々のなかで、幼い頃から身近にあった「植物の生命力」や「一瞬の儚さ」が、理屈を超えた確かな手応えとして心に蘇りました。誰かに強いられた継承ではなく、自らの意志で華道の世界に身を投じることを決意した瞬間でした。
さらに彼は、花をいけるにとどまらず、自らカメラを手に取り写真家としての活動も本格化させます。いけばなが持つ「時間の経過とともに枯れていく一回性」と、写真が持つ「瞬間を永遠に定着させる機能」。この相反する二つのメディアを融合させる試みは、アート界・写真界からも高く評価されています。