多くのファンやメディアが注目する「松田聖子の歯列矯正はいつから始まったのか」という疑問について、当時の映像記録や雑誌グラビア、ステージ写真を時系列で精査すると、明確な転換期が浮かび上がってきます。
八重歯の存在感が最も際立っていたのは、デビュー年の1980年から『赤いスイートピー』をリリースした1982年頃までです。その後、1984年頃から口元の印象が徐々に引き締まり始め、1985年の神田正輝との結婚、そして1986年の出産・一時休業を経て1988年頃に復帰した時期には、かつての突出した八重歯はほぼ目立たない状態へと移行していました。
当時の音楽関係者や現場スタッフの証言によると、多忙を極めるトップアイドルのスケジュールの中で、表側に金属ワイヤーを長期間装着する従来型の全体矯正を行うことは事実上困難でした。そのため、活動の合間を縫って裏側矯正(舌側矯正)や部分的な歯列移動、あるいは初期段階での部分的な補綴(ほてつ)処置を組み合わせる形で、極めて自然に、段階的な口元のトランスフォーメーションが進められたと見られています。