國母和宏という名を語る上で避けて通れないのが、2010年バンクーバー冬季五輪での腰パン騒動です。当時21歳だった彼が日本選手団の公式スーツを崩し、ドレッドヘアにサングラス、ネクタイを緩めてシャツの裾を出し、パンツを腰まで下げて成田空港に現れた映像は、瞬く間にワイドショーの格好の標的となりました。世論の怒りが頂点に達したのが、現地バンクーバーで行われた緊急記者会見でした。記者の厳しい追及に対し、マイクが拾った小声の「チッ、うっせぇな」、そして脱力した口調で放たれた「反省してまーす」という発言です。
結果として開会式への参加自粛という厳しい処分が下されましたが、この騒動の背景には日本社会が求める「模範的な五輪アスリート像」と、彼が育った「ストリート発祥のスノーボードカルチャー」との致命的な断絶が存在していました。報道関係者の証言や当時の自著、特番インタビューにおいて、彼は当時の心境について次のように明かしています。
「スノーボードは誰かに決められたルールや服装でやるものじゃない。自分たちのスタイルを表現するものだというプライドがあった。けれど、あの時の自分は社会の仕組みもメディアの怖さも全く分かっておらず、ただ苛立ちを周囲にぶつけてしまった」
当時、現場で取材に当たったスポーツ記者は「彼は生意気な不良として切り取られたが、競技に対する姿勢は誰よりも真摯だった」と振り返ります。事実、激しいバッシングの嵐に晒されながら出場した男子ハーフパイプ決勝では、驚異的な高さのエアーと卓越したグラブトリックを披露し、日本人最高位となる8位入賞を果たしました。結果で自らの実力を証明したものの、メディアと大衆が作り上げた「反逆児」というレッテルは、その後の彼のキャリアに重く影を落とし続けることになりました。