宮崎駿監督はなぜ、これほどまでに死や異界を連想させる風景を描いたのでしょうか。その根底には、監督が一貫して抱き続けてきた「近代文明への違和感と、原初の世界への憧憬」が存在します。
『崖の上のポニョ』が公開された2008年当時、世界は急速な都市化と環境破壊を推し進めていました。監督は映画の舞台となる港町を一度水没させることで、人間が作り上げた道路や電柱、車といった人工物を透明な海水の下に沈め、数億年前のデボン紀の海へと世界を「巻き戻し」ました。これは滅亡の描写ではなく、世界を一度リセットして洗い清める「再生の儀式」だったのです。
監督は当時のインタビューで、子どもたちに向けて「大人が作ったルールや世界の破滅を過剰に怖がる必要はない」「すべてが水に沈んでも、少年と少女はポンポン船を出して冒険を始められる」という原始的な生命力を肯定するメッセージを語っています。「死後の世界」に見えるあの美しい海底の町は、大人の常識に囚われた視線が勝手に生み出した幻影であり、宮崎監督が描きたかったのは一切のしがらみから解放された、無垢な命の躍動そのものでした。