事故の舞台となったのは、茨城県東海村に位置する核燃料加工会社「株式会社ジェー・シー・オー(JCO)」の変換工場だった。本来、核燃料の臨界を防ぐためには厳密な幾何学形状の容器を使用し、質量管理を徹底することが絶対的な鉄則とされる。しかし、現場では作業効率の向上や納期短縮を優先するあまり、正規の手順書は形骸化していた。
さらに恐ろしいことに、社内で日常化していたのは「裏マニュアル」に基づく違法な作業だった。沈殿槽へのウラン溶液投入にあたり、正規の精製ラインを経由させず、ステンレスバケツと漏斗を用いて手作業で注ぎ込むという暴挙が横行していたのだ。経営効率の追求と安全意識の麻痺が重なった結果、臨界に達する限界量を超えたウランが一気に投入され、青い光とともに大量の中性子線とガンマ線が放出された。