鈴木俊一氏の父である鈴木善幸氏は、1911年(明治44年)に岩手県下閉伊郡山田町の網元・水産加工業を営む家庭に生まれました。農林省水産講習所(現在の東京海洋大学)を卒業後、大日本水産会や全国漁業協同組合連合会で水産業界の発展に尽力。戦後の1947年、旧岩手1区から衆議院議員に初当選し、政界へ足を踏み入れました。
自民党内では宏池会(大平派)の番頭として頭角を現し、厚生大臣や農林大臣、自民党総務会長を歴任。1980年、大平正芳首相の急逝を受けて誕生した鈴木善幸内閣では、「和の政治」をキャッチフレーズに掲げて党内融和と政局の安定を図りました。
首相在任中の最大の功績と称されるのが、「増税なき財政再建」を打ち出し、土光敏夫氏を会長に据えた第二次臨時行政調査会(土光臨調)を発足させたことです。行政改革のレールを敷き、後の国鉄民営化や電電公社民営化へと繋がる土台を作った手腕は、現在も高く評価されています。