大学野球にあまり詳しくない層の間で散見されるのが、「東都は東京六大学に入れない大学が集まったリーグではないか」「人気の六大学に対して実力が劣るのではないか」という根強い誤解です。しかし、この言説は野球界の歴史的・競技的実態を著しく見誤っています。
昭和初期、早稲田・慶應・明治などを中心とする六大学が厳格な固定制を敷き、新興大学の加盟を拒んだ歴史的経緯から、専修・芝浦・日大・國學院・農大などが結集して立ち上げられたのが東都大学野球の前身です。固定された特権階級に対抗するため、東都が導入したのが「実力による入れ替え戦」でした。
この門戸開放と競争原理が、結果として各大学の強化を劇的に加速させました。スカウティングの熾烈さ、練習量の膨大さ、そして戦術の緻密さにおいて、東都は六大学を凌駕するレベルへと進化を遂げたのです。事実、全日本大学野球選手権大会や明治神宮野球大会における通算優勝回数や、プロ入り後のタイトル獲得者数を見ても、東都出身者が球界の屋台骨を支えてきた事実は揺るぎません。「知名度の六大学、実力の東都」という格言は、現場の関係者にとって紛れもない共通認識です。