野田聖子ほど、自身の不妊治療について赤裸々に語った政治家は稀有だろう。彼女は自著やテレビの特番インタビューで、複数回にわたる体外受精の失敗、流産の経験、そして「このまま子供を持てないのではないか」という絶望感を包み隠さず告白してきた。
報道各社・関係者の証言によると、野田が本格的に不妊治療を始めたのは30代後半。初婚の夫との間で子供を望んだが、なかなか授からず、やがて治療の末に離婚という結末を迎えた。この離婚をめぐっては、当時の週刊誌などで「子供ができないことが原因」と報じられたが、野田本人は離婚の詳細について多くを語っていない。ただ、後に再婚した現在の夫との間で不妊治療を再開し、40代後半で長男を授かったという事実が、彼女の「子供を諦めない」という執念の強さを物語っている。
自著『私は、産みたい』(2012年刊)では、不妊治療の過程で直面した「女性としての劣等感」「政治家としてのキャリアとの葛藤」「周囲からの無理解」などが、生々しい筆致で綴られている。特に、国会の合間を縫って病院に通い、ホルモン注射を打ちながら公務をこなす日々は、読者の心を打つと同時に、「そこまでして子供が欲しいのか」という賛否両論を巻き起こした。