1987年の離婚劇は、総額18億1800万円とも報じられた当時の史上最高額の慰謝料とともに、世間に激しい衝撃を与えました。離婚後、親権を持った伊藤エミさんは表舞台から完全に身を引き、静寂の中で一人氏を育て上げました。一方の沢田研二もまた、新たな家庭を築く中で、元妻と息子への配慮から直接的な接触を厳しく自制していたとされます。
その結果、父と息子の間には約25年間にわたる事実上の断絶期間が生じることとなりました。思春期から青年期、そして社会人へと成長していく過程において、一人氏は父親不在の環境で自立を余儀なくされたのです。
この重い沈黙を破る契機となったのが、2012年6月、母・伊藤エミさんの逝去(享年71)でした。がんとの過酷な闘病の末に旅立った伊藤エミさんは、生前、息子に対して一通の手紙と遺言を残していたと週刊誌各社によって報じられています。
その手紙には、過去のわだかまりを一切責めることなく、「お父さん(沢田研二)に感謝しなさい」「何かあればお父さんを頼りなさい」という、父親への敬意と息子の将来を案じる慈愛に満ちた言葉が綴られていたと伝えられます。母の死という深い悲嘆の中で、一人氏は母親の真意を受け止め、25年の歳月を経て実父・沢田研二との対面を決意しました。
関係者の証言によると、再会を果たした二人は、長い空白を一気に埋めるかのように静かに語り合ったとされています。かつて幼子だった息子は立派な体躯を持つ成熟した社会人となっており、沢田研二もまた老境に入った一人の父親として、息子の健やかな成長に深い安堵と涙を見せたと報じられました。SNSやファンコミュニティでは「エミさんの母親としての器の大きさに心を打たれる」「ジュリーが息子と再び絆を結べたことが何よりの救い」といった温かい声が溢れました。