かつて全国に百花繚乱のごとく存在した遊園地が、なぜ次々と姿を消すことになったのか。その廃遊園地の閉園理由を検証すると、単一の不運ではなく、複合的な経済・社会構造の変化が連鎖的に作用していたことが浮き彫りになります。
最大の転換点は、1980年代後半のバブル経済期における過剰な設備投資と、その直後に訪れた平成不況でした。1987年に制定された「総合保養地域整備法(リゾート法)」の後押しを受け、地方自治体や民間企業は巨額の資金を投じて全国各地にレジャー施設を開発しました。しかし、バブル崩壊によって個人消費は急速に冷え込み、過大な借入金を抱えていた運営法人は相次いで経営難に直面します。
これに追い打ちをかけたのが、アトラクション産業のビジネスモデル自体の変容です。遊園地事業は、3〜5年周期で数十億円規模の大型アトラクションを新規投入し続けなければ、顧客のリピート率を維持できない「資本集約型産業」です。公益財団法人日本生産性本部の『レジャー白書』の長期推移を見ても、余暇市場における遊園地・テーマパークの総市場規模が維持される一方で、資金力のある一部の巨大施設へと入場者数が極端に集中する「二極化」が急速に進行しました。
さらに、2000年代以降の少子高齢化による主顧客層の激減、そして2007年のエキスポランド(大阪府吹田市)におけるジェットコースター脱輪死亡事故を契機とした「建築基準法に基づく安全管理基準の厳格化」が決定打となりました。旧式アトラクションの大規模改修や定期検査には億単位の追加コストが要求され、すでに体力を消耗していた地方の老舗遊園地は、設備更新を断念して営業終了を選択せざるを得なくなったのです。