順風満帆に見えたキャリアに最大の試練が訪れたのは2012年夏だった。週刊誌報道の渦中に置かれた彼女に下された裁定は、結成間もない博多の拠点・HKT48への移籍。世間が失脚と捉えたこの一手を、彼女は劇的な一発逆転劇へと変えてみせる。
福岡に渡った指原は、年下の若いメンバーたちを包み込む「姉貴分」であり、同時に劇場公演の構成や演出まで気を配る実質的なプレイングマネージャーとして頭角を現した。自らのスキャンダルすら笑いに昇華する度胸と、地方グループだったHKT48を全国区のポップアイコンへと押し上げる手腕。芸能界における彼女の評価は、この九州での大逆転によって完全に定着したと言っていい。