KAT-TUNの全盛期とも称される6人時代(亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一)は、まさにエネルギーの塊でした。グループ内での競争意識とプライドが極限まで高まっていた時期であり、数々のKAT-TUN 楽屋 事件簿が関係者や本人たちの口から後日談として明かされています。
1. 「仁亀」と呼ばれたツートップの衝突と絆
グループの二大巨頭であった亀梨和也さんと赤西仁さんの関係性は、切磋琢磨と緊張感が常に隣り合わせでした。「亀梨和也 赤西仁 昔 喧嘩」として語られるエピソードの中には、リハーサル中の意見の食い違いから胸ぐらを掴み合うほどの衝突に発展した事例や、ステージ袖で一言も口をきかないまま本番に入り、マイクを握った瞬間に完璧なシンクロを見せたという伝説的な証言が残されています。互いを認め合いつつも決して譲らないプロ意識のぶつかり合いが、周囲に極度の緊張感を与えていました。
2. 上田竜也の「バンダナ・金髪・尖り期」の真相
現在ではボクシングで鍛え上げた肉体と頼れる兄貴分キャラとして知られる上田竜也さんですが、初期は自らのキャラクターの確立に最も苦悩したメンバーでした。一時期は妖精が見えるキャラを演じていたものの、その後上田竜也 尖り期へと大きくシフト。金髪にバンダナ、改造バイクに乗るようなハードなロックスタイルへと変貌を遂げ、気に入らない指示には無言で反発するなど、メンバー内でも最も触れがたい空気を醸し出していました。
3. Jr.時代の反骨精神と「ルール無用」のエピソード
KAT-TUN Jr時代 伝説として有名なのが、先輩のバックダンサーを務めていた際のエピソードです。通常、バックダンサーはメインを引き立てるために統率された動きを求められますが、当時のKAT-TUNは全員が異なるアドリブを連発し、衣装を着崩し、メインよりも目立とうとする暴れっぷりを見せていました。振付師やプロデューサーから幾度となく怒号を浴びせられながらも、「自分たちだけの爪痕を残す」という徹底した反骨精神が貫かれていたのです。