退職の意思を伝える現場で、上司や人事担当者から「書類には一身上の都合と書いておいて」と促される場面は日常茶飯事です。しかし、この言葉の裏には労働者にとって看過できない不利益が潜んでいます。一身上の都合と会社都合の違いを正しく把握しないまま退職届を提出することは、法的・金銭的セーフティネットの大部分を自ら手放す行為にほかなりません。
最大の違いは、ハローワークで受給する雇用保険(基本手当)の支給条件と、その後の公的負担の軽減措置に現れます。会社都合退職(倒産、解雇、事業所閉鎖など)であれば「特定受給資格者」と認定され、わずか7日間の待期期間を経てすぐに手当が支給されます。一方、一身上の都合(自己都合退職)と判断された場合は「一般受給資格者」となり、支給開始まで待期期間に加えて一定の給付制限期間が発生します。
さらに注目すべきは健康保険料の負担差です。会社都合退職者および特定理由離職者には、前年度所得の給与所得を30/100として算定する国民健康保険料の法定軽減措置(最長2年間)が適用されます。月数万円単位で保険料が変わるため、年間の可処分所得ベースで計算すると数十万円の差が生じることも珍しくありません。
では、なぜ企業側は頑なに「一身上の都合」として処理させたがるのでしょうか。厚生労働省の各種助成金(キャリアアップ助成金や雇用調整助成金など)を受給している企業は、一定期間内に会社都合解雇を出すと助成金の支給停止や返還命令を受けるリスクを抱えています。加えて、解雇予告手当(平均賃金30日分以上)の支払い義務を回避したいという経営側の思惑が、労働者への「一身上の都合の強要」という歪んだ力学を生み出しています。