八代亜紀さんが子供を持たなかった背景には、彼女が歩んだ波乱万丈の歌手人生と結婚のタイミングが密接に関わっています。
八代さんが元歌手でマネージャーを務めていた元夫・増田登氏と結婚したのは、1994年、八代さんが43歳のときでした。当時、増田氏は5歳年下の38歳。二人は長年、タレントとマネージャーという強固な信頼関係を築いた末のゴールインでした。40代前半という年齢的な側面もあり、自然な流れとして実子をもうける選択には至らなかったというのが、八代亜紀 子供がいない理由として最も客観的かつ合理的な事実です。
しかし、理由それ以上に大きかったのは、彼女が抱き続けた「歌に対する狂気じみた責任感」でした。過去の自著やロングインタビューにおいて、八代さんは次のように述懐しています。
「私は歌と結婚したんです。全国のファンが私の帰りを待ってくれている。命を削って歌を届けることが私の天命であり、家庭人としての幸せだけを追うわけにはいかない」
昭和40年代から50年代にかけて『なみだ恋』『舟唄』『雨の慕情』と国民的大ヒットを連発していた時期、彼女の睡眠時間は連日2〜3時間、年間300日以上をステージと移動に費やす過酷な生活を送っていました。喉と体調の自己管理に全神経を集中させる生活の中で、子育てとプロフェッショナルとしての活動を両立させることは、当時の芸能界の常識から見ても極めて困難でした。八代さんは自らの意志で「母になる道」ではなく「生涯現役の表現者」としての人生を選び取ったのです。