山田隆夫の歩みを振り返ると、そのキャリアは日本のテレビバラエティ史そのものと言っても過言ではありません。1956年8月23日生まれの彼は、幼少期に劇団若草へ入団し子役として活動を開始。『ちびっ子のどじまん』などで卓越したリズム感と度胸を披露し、頭角を現しました。
転機となったのは、1970年代初頭に『笑点』内で放送されていたコーナー「ちびっこ大喜利」への出演です。ここで見事に座布団10枚を獲得した山田隆夫をリーダーとして、1973年に結成されたのが伝説のアイドルグループ「ずうとるび」でした(グループ名は「ビートルズ」の逆さ読み)。
ずうとるびは「みかん色の恋」をはじめとする数々のヒット曲を連発し、瞬く間にトップアイドルへと登り詰めます。1975年には『NHK紅白歌合戦』にも出場を果たし、社会現象を巻き起こしました。しかし、アイドルとしての絶頂期を経験した山田は、グループ脱退後にタレント・落語家・俳優としての道を模索することになります。
そして1984年、前任者である松崎真の後を継ぎ、『笑点』の6代目座布団運びに抜擢されました。当時20代後半だった彼が、大御所落語家たちが居並ぶ大喜利の舞台で「いじられ役」「突き飛ばされ役」という独特のポジションを引き受けた背景には、単なるタレント活動にとどまらない、長期的な芸能生活を見据えたプロフェッショナルとしての覚悟がありました。