Q1:上杉謙信の直系の血筋は現在まで続いているのですか?
A1:上杉謙信自身は生涯独身を通したため実子はいません。しかし、謙信の養子となった上杉景勝(謙信の甥)の系統が米沢藩主家として続き、その後も吉良家や秋月家などからの養子縁組を交えながら、米沢上杉家として現代まで一度も途切れることなく系譜を継承しています。
Q2:忠臣蔵の悪役として知られる吉良上野介と上杉家はどのような関係ですか?
A2:吉良上野介(吉良義央)の正室は、米沢藩2代藩主・上杉定勝の娘(三姫)です。3代藩主・上杉綱勝が急死した際、お家断絶を防ぐために吉良義央の実子(綱憲)が上杉家の養子に入り4代藩主となりました。つまり、忠臣蔵の吉良家と上杉家は極めて緊密な血縁・親族関係にありました。
Q3:上杉家が関ヶ原の戦いで減封された後、家臣を解雇しなかったのはなぜですか?
A3:上杉家には「義」を重んじる気風が強く根付いており、主君と家臣の強固な主従関係が存在したためです。120万石から30万石に激減しても直江兼続らの主導で家臣団をリストラせず全員を召し抱え続けました。この忠誠心が後の財政難の一因となったものの、団結力を生み出して藩政改革の原動力にもなりました。