「テレビで見かけない=解散したはずだ」というネット上の短絡的な誤解の根底には、昭和から続く「お笑いコンビは常に一心同体で活動すべきである」という視聴者側の古い固定観念が存在します。
昭和の漫才ブーム期や平成初期のテレビ黄金期においては、コンビでひとつの冠番組を持ち、すべてのメディア露出を2人で揃って行うことが成功の絶対条件とされていました。そのため、ピンでの活動が目立ち始めると「コンビ格差による解散の危機」とメディアに書き立てられ、実際にその軋轢から解散に至ったコンビは枚挙にいとまがありません。
しかし、メディアが細分化された現代において、その図式は完全に過去のものとなりました。博多華丸・大吉やバカリズム、アンタッチャブルなど、実力派芸人の多くがピン活動を主軸に据えながら、コンビという「母港」を失わずに活動しています。ドランクドラゴンはこの構造転換を最も早い段階で実践した先駆者と言えます。
多くのネットユーザーが見落としている決定的な事実は、塚地がどれほど映画賞を総なめにして「名優」の肩書きを得ようとも、プロフィールから「お笑い芸人」の看板を下ろしたことが一度もない点です。塚地自身、過去のインタビューにおいて「自分はあくまでドランクドラゴンの塚地であり、俳優活動はお笑いというホームがあるからこそ自由に挑戦できるアウェーの場」と繰り返し公言しています。この精神的な拠り所を共有している限り、世間がどれほど解散理由を詮索しようとも、2人がコンビの看板を下ろす理由はどこにもないのです。