今日、平和な観光地として世界中から称賛される五色沼湖沼群ですが、その誕生の背景には明治時代の激動の天変地異がありました。1888(明治21)年7月15日、磐梯山が突如として水蒸気爆発を起こし、小磐梯山が山体崩壊を起こしました。
当時の報道記録や内務省の調査報告書によれば、岩雪崩(泥流)は瞬く間に長瀬川とその支流を堰き止め、谷筋の村落を呑み込みました。死者477名を出したこの未曾有の大災害によって、谷や窪地に水が溜まり、桧原湖、小野川湖、秋元湖、そして現在の五色沼湖沼群をはじめとする大小300以上もの湖沼が瞬く間に形成されたのです。
噴火直後は草木ひとつ生えない荒涼とした火山灰地が広がっていました。しかし、その荒野に立ち向かったのが「日本の緑化の父」と呼ばれる遠藤現夢(えんどうげんむ)をはじめとする先人たちです。私財を投じて数十万本ものアカマツや漆などを植林し、半世紀以上の歳月をかけて豊かな森を再生させました。現在私たちが目にする五色沼の神秘は、大自然の猛威と人間の不屈の再生への祈りが融合した歴史の遺産なのです。