「高学歴=一生安泰」という神話は完全に崩壊しています。高年収大学ランキングに対するネットの反応をSNSや掲示板、口コミサイトで追尾すると、ランキングの華やかな数字と自己の待遇との乖離に苦悩する当事者たちの生々しい声が溢れています。
「早稲田を出て誰もが知る老舗出版・エンタメ系に入ったが、業界全体の斜陽化で40歳になっても年収550万円。同窓会に行くと総合商社やコンサルに行った同期が1,500万円もらっていて居心地が悪かった」(40代・私大文系卒)
「東大工学部から大手精密機器メーカーに入社したが、賃金カーブが旧態依然のままで30代半ばで年収700万円止まり。一方で、MARCH出身で外資系ITのセールスや新興メガベンチャーで役員をやっている友人は2,000万円を超えている。大学名ではなく『どの産業のどの職種に身を置いたか』が全てだった」(30代後半・国立大院卒)
こうした証言が示すのは、大学名という「初期値」に過剰適応し、産業構造の転換や収益性の低いビジネスモデルに居座り続けた結果として生じる「高学歴ワーキングプア予備軍」の存在です。名門大学を出ていても、衰退産業の年功賃金に身を委ねてしまえば、学歴がもたらすはずだったプレミアムは容易に消失してしまいます。